もうひとつの下妻物語(卍や七代目)

二十数年ぶりに帰郷。まぁ当たり前だが、激変ぶりに浦島太郎の氣分に陥っている。温故知新。古きを訪ねる記。使っている画像は自分で撮影したもの。借り物の場合は其の旨記載します。人生の整理をするために書き残そうと考えてます。過激と思われることも多々あろうが、日本が好きだから、許せないことは明白にしておきたい。むろん、残り少ない人生でもあり、子孫への遺言でもある^^;

野鳥さんと柿の木

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メジロさん

昔と云っても昭和の時代。

このあたりの農家はいずこにも柿の木が植えられていた。

むろん、食用として植えていた。

食はコンビニやスーパーマーケットに買いに行く時代では無かったからね。

そもそも、どちらも無かったし・・。

この季節になると、サツマイモを収穫し、蒸して細きりし、天日干しにする。

柿はそのまま縁側に置かれ、お茶のお供にされていた。

おやつなんぞと云う概念は無かったから、子どもは適当にもいで食べていた。

昭和40年代初頭までかしらね?

柿の実が人間の口に運ばれていたのは。

時代が移ろい、柿の実は、北から遠征してくるヒヨドリの群れとメジロの食糧に変わった。ちなみに、メジロと行動をともにする、シジュウカラやコガラさんたちは食べてないようだ。彼ら、彼女らは、もっぱら樹に居る昆虫類(害虫の類)が主食の様子。

而して、こんな絵があちこちに見られる。

むろん、メジロさんたちは、毎日、一定のルートがあるようで、食べられないで朽ちてしまう樹も多い。

外敵から身を護る?ために、畑の中にポツンとある樹には群れないようだ。

時代の変遷は、人の嗜好も変えている。

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畑の中にポツンと