初体験の街中探訪
今朝も雨が続いている。
雨の中、打ち上げ花火が。祭りの案内なんだろね。
準備を重ねてきた皆さんは、ガッカリですね。
遥か昔はこの時期、街をあげて文化祭なるものをしていた。
昭和30年代のことか?
小学校や高校の敷地も建物も一色に染まり、会場は人で溢れていた。
交通手段も精々がオートバイの時代。
それもごくごく少数の皆さんが保有していた時代のこと。
出回り始めた耕運機やトラックが所せましと展示され人々が群がっていた。
そんな祭りが細々と続いており、祭りの一環で街中探訪イベントがあった。
温故知新。
齢を重ねると、昔話を盛んに持ち出すようになる。
同様に、歴史への興味が増してくるようだ。
残念なことに、街中探訪(主にお寺さん)は雨天のため、中止。
街中に残る名建築を訪問させていただいた。
ボランティア団体が主催?と思ったが、役所の様子。
このあたりは、曖昧にしているようだが、明らかに役所。
田舎では過半の行事が役所中心に回らざるを得ないのは自明。
そんなわけで、街歩きは中止になり、最終目的地である豪邸へ。
建坪は110坪とあった。
一時期は結婚式場にもされていた立派な庭を持つ、豪邸。
四十数年ぶりに訪ねたが、視点が変わりますね?
当時は目もくれてなかった建材の数々。
天井も廊下も、あがり框も全て無垢板。当時のままのようだ。
ふっと、小岩井農場にある、岩崎家邸宅を思い出した。
建築は昭和2ねんとあったやに記憶しているが、凄いねえ・・。
建具も天井も床も柱も欄間も色褪せてない。
柱は檜の四方柾。
杉材だと30年も経つと、黒ずむが、檜は肌色のまま。
プレハブ建築が盛んになり、戸建て建築も地場の大工さんたちの出番が減っている。
政治だけでなく、経済も中央集権になってる感が否めませんが、古来からの建築技術と
選別眼に恐れ入ったひととき。
でも、これを護っていくのは大変だよね~
宅地だろうから固定資産税も多額、暮らすには不便。
維持するには、掃除もメンテナンスも必要であろうし、、、、。
鳩山邸が個人から財団に移されたごとく、なんらかの対応を当主は考えて
おられることと思うが。
下手すると、遺産ではなく、負債になりかねません。
主催者が手配してくれた演目がふたつありました。
筑波山で伝わるガマの油売りの口上と趣味で琵琶を奏でて居られる方の演奏?
掲示しておきます。
解散後、そぞろ歩きをしてみた。
いろんな発見をさせていただいたひとときでした。
一生勉強、一生好奇心ですね。
尾瀬林業は文字通り、尾瀬ヶ原を所有管理している東電管理会社。